メンタルヘルス対策のポイント


過労死への道 無理を通せば冷静な判断が引っ込む

ここで、「こころの病」を考える前に、私たちのこころの健康がどのように成り立っているかについて、仕事の側面から考えてみましょう。

仕事やキャリアが人生の中で大きな比重を占めている人は多いはずです。なぜなら多くの人々は生活費を仕事によって得ているからです。サラリーマン、公務員、技術者、医師、左官、教員、すし職人、IT企業経営者、まぐろ漁師、陶芸家、プロ野球選手、農家、ケーキ屋店員、映画俳優。この世には多種多様な職業があります。そして何を目指すのかは自由です。日本国憲法第22条第1項は「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」と謳っています。仕事は生活費を得るための手段です。

しかしそれがすべてではありません。自分が携わっている仕事によって、どれくらい精神的な満足を得ているかも重要でしょう。満足度を図る指標はさまざまです。売り上げトップという成果を自分の能力の高さとして満足感を得るセールスマンがいます。「うまい」と客が言ってくれることが至上の喜びと感じるすし職人もいます。人は仕事を通して常に精神的影響を受けており、とりわけ周辺の人々、関係性が強い人々との仕事上での人間関係は非常に重大になります。また私たちは、仕事を離れると一番身近なところには配偶者や家族がいます。ですから、そこでの人間関係もこころに大きな影響を及ぼします。

仕事というカテゴリーと、家庭というカテゴリー。いずれも人にとって大切です。しかし、いくら仕事が大切とはいっても、耐えられないような労働量や労働環境によってもたらされる過労が蓄積していったり、まったく余暇がないという、かつての企業戦士のような仕事を強いられれば、人は生きる喜びを奪われていきます。体は一つしかありませんし、一日は24時間しかありません。仕事や家庭に絡む人間関係が困難に陥ると、私たちは心身ともに疲れ切ってしまいます。「無理なノルマを課せられて、しんどい」「上司とそりが合わないせいで昇進が不当に遅れている」「会社に怒鳴る上司がいるせいで、どうしても会社に足が向かない」「急に接待ゴルフを命じられて、子供と遊園地に行く約束を破ってしまった」「家のローンと教育費で昼食を抜かないとやっていけない」「2年間だけと言われた僻地の単身赴任が5年になった。家族はばらばらだ」「毎晩帰宅が午前0時を回って、久しく妻や子供と会話していない」。

こうしたことが積み重なると、いくら生活費を得るためとはいえ、仕事へのモチベーションも下がり、生活への意欲も萎えかねません。それでも無理を重ねて頑張りすぎると、過労うつ、最悪の場合は過労死や過労自殺につながりかねないのです。無理を通そうとすれば、こころの病に限りなく近づいてしまう。本来であれば、冷静に考えることができ、解決策を見出して最悪の事態を回避できたかもしれない。それを許さないような仕事現場が悲劇の温床となる恐れは常にあるのです。