メンタルヘルス対策のポイント


ストレスを生きがいに昇華させるとは

ほとんどの人はうつ病など「精神的な不調」の名前は知っていても、その実態にはあまり関心がありません。なぜでしょうか。「自分には関係ない」と思っているからです。ところが実は誰でもそうなる可能性はあるのです。だれでも、「人生って面白くないな」(not well-being、幸せでない)という鬱々とした感情を抱いたまま人生を終わりたくないはずです。社会的存在である「個人」は、社会の中で生きていく以上、仕事であれ、家庭であれ、それ以外の付き合いであれ、何らかの「ストレス」がつき物です。ストレスを抱え込んだまま生きるのは辛い。しかし、そのストレスは解消できるのです。さらに言えば、ストレスを「生きがい」に昇華させ、個人としては「生きがい」の形成、組織としては「生産性の向上」に振り向けることができます。それには「個人」も「組織」も、価値観の転換が必要になります。

ビジネスや恋愛の場面などでしばしば「以心伝心」という言葉が使われます。契約書などなくても、自分も相手もお互いに考えていることや、やってほしいことは分かる。「愛している」と言わなくても自分の気持ちはわかってくれているというふうに、一般的には良い意味で使われます。しかし、それは一方で、自分と他人の間の「あいまいさ」を示しており、「他人もきっと自分と同じだよな。当然分かっているよな」と思い込むことともいえます。しかし他人のこころは所詮分からないのです。もともと以心伝心とは禅宗の根本的立場を示すもので、仏法の真髄を「師の心」から「弟子の心」へと伝えることであり、文字や言葉にするまでもなく互いにその境地に至るという不立文字の教えです。本来の意味とは随分かけ離れた使い方をされるようになった言葉の一つです。

バブル崩壊直後に、「清貧の思想」という中野孝次の著書が話題になりました。一切を捨て切った心の豊かさを説いています。「清貧」という言葉に人々が新奇性を抱くほど、現代日本では清貧を貫くことに価値を認める人がいなくなったと見ることもできるかもしれません。仮想通貨で預金を失ったり、眉唾ものの投資話に何千人という人が騙される事件は後を絶ちません。これほど報道機関や司法が警鐘を鳴らしているのに、少し考えれば明らかに怪しいのに、それでもいつの間に取り込まれてしまう人々。楽をしてお金を稼ぐ。そのことに人生の重心が置かれ、貧乏なことは恥なことになってしまいました。

かつての日本では、例えば「世界一の高性能品」を作るために多くの人が勤労の汗を流しました。日本は世界一、二を争う経済大国になり、世界でも稀な安全な国にもなりました。もちろん公害や学歴社会という負の要素も生み出した反省は忘れてはなりませんが、飛躍し成熟していったのです。翻って、現代日本を覆っているのは「損をしたくない」意識です。少しでも安いものを手に入れたい。少しでも利益率を高めたい。「コスパ」=「コストパフォーマンス」という言葉ばかりが飛び交っているような世の中です。もちろん費用対効果は必要な経済原理です。金銭だけでなく労働力、精神的負担などもコストに含まれます。しかし、行き過ぎはよくありません。全てが「お金」という価値に換算されて評価される現実。しかし、たとえお金にならなくても人が求めるものは常にあります。企業が税金対策や企業価値を高めるためなどに行うメセナ事業ではなく、そうした企業の思惑とは関係がないところに、人は心のやすらぎを求める傾向にあります。