メンタルヘルス対策のポイント


「自分」は単一ではなく多面的存在

集団と個人との関係について教訓的に伝わる言葉に「柳に雪折れなし」があります。雪が積もると固い木は重みに耐え切れず折れてしまうことがあるが、しなやかな柳の枝は、雪の重みを受け止めてしなるので折れることがない。「柔軟性が大事だよ」と言っているのですが、皮肉な言葉に置き換えると「長い物には巻かれろ」「触らぬ神に祟りなし」ということになるでしょうか。こうした世知は世界共通ともいえるようで、英語圏でも、”Oaks may fall when reeds stand the storm.” という格言があります。「嵐に遭っても柔らかな葦は耐えるけれど、樫の木は倒れてしまう」。よい意味でとらえるならば、こうした言葉は「自分(個人)」と「組織」との関係を「自分を失わずに、ぎりぎりまで組織に対して適応的にもっていこう」という気持ちを表しているといえます。

仏教には「十界互具」という教えがあります。これは、人は静かに内省すれば、己の中に「残酷な地獄(鬼)の心」もあれば「他人を気づかう仏(ホトケ)の心」も同時に存在していることが自覚できる、というものです。簡単に「自分」と言ってしまいがちですが、「自分」とは決して単一ではなく、さまざまな思いが交錯している多面的な存在であるという真理を認識することが大事です。

人の気持ちは、とても複雑です。身体の傷にはすぐ気がつくのに、自分自身のこころの傷には、自分でもなかなか気付かないものです。これだけ、うつ病など心の健康をむしばむ実態が広く知られてきているのに、「自分がこころの病などになるわけがない」と思いがちなのです。

それは何故でしょうか。そこには「防衛」というものが存在しているのです。自分自身は決して傷付きたくない。そういうところに、知らぬ間に働いてくるのでしょう。そうした実態があるだけに、「自分の精神状態を知って、しっかり対策を講じる」というセルフケアは、その重要性に比して、現実にはなかなか困難というのが実情です。仕事帰りに居酒屋に寄って、憂さを晴らす。その程度でも、一定の効果はあると思いますが、つまるところ一時しのぎでしかありません。抜本的な対策、とりわけ、そういう事態に陥らないようにする「事前防衛」という手段を、個人としても、企業や団体の組織としても選択する必要があるのです。