メンタルヘルス対策のポイント


自己の哲学を他人に押し付けない

次は「人」(個人)を考えましょう。企業、団体、社会を支えているのは人です。人の「こころの健康」が損なわれていく社会は健全ではありません。近年の社員や職員のうつ病の増加や過労自殺は、決して個人の問題ではなく、社会の重大な危機ととらえる必要があります。付け焼刃の対応や、事後処理で事足れりとする発想から脱却することが求められます。社会は「個人」の集合体です。社会を考える時、会社であれ、学校であれ、国全体であれ、個人という根源をなすものを理解することが大事です。では私たちは「個人」をどうとらえたらいいのでしょうか。組織(集団)との関係における「個人」とはどう考えられるのでしょうか。そこから考えていきましょう。

人の発達心理学において、考えるべき2つの要素があります。それは成熟と学習です。人は生まれた瞬間から発達していきますが、この発達を推進するのがこの2つの要素です。意図的な働きかけをしなくても脳の発達に応じて子供が元々持っている遺伝情報を出現していくのが成熟であり、才能と言い換えてもいいかもしれません。一方、経験やトレーニングといった環境的因子がもたらす影響が学習であり、努力と言い換えてもいいでしょう。人はこの2つの要素を縦糸と横糸にして、まるで織物を作るように織りなしながら進化していく。それが発達です。発達には個人差があります。「這えば立て、立てば歩めの親心」と言いますが、発達には順序性があり、速度や方向性があります。他の子よりも早く走り出す子供もいます。2人の子供がいれば、たいていの場合興味を示す対象や度合いは異なるものです。発達の過程で、子供は異なった個性を徐々に形成します。心理学ではパーソナリティの形成といいます。

「人は一生成長していく生き物である」。これはドイツの心理学者エリクソンの言葉で、彼が唱えた「ライフサイクル論」では、人の発達を「幼児期」から「老年期」までの8段階に分けています。人は幼児期の信頼性獲得からスタートし、自律性、自発性、勤勉性、青年期には「自我同一性」(自分は何者であるのか)、さらに年を重ねて親密性、生殖性(次世代への継承の意識)、自我の統合で一生を終えるとしています。これは著名な精神分析学者フロイトの心理および性的発達理論に社会的視点を加味したものです。

こうした人の発達は、同一速度でもなければ、同一方向でもありません。それぞれの自我により、無限と言ってよいほどの時間軸と方向性を持つのです。「唯一のもの」はないのです。自分のパーソナリティや、自分が過去に体験してきた「特定社会のパーソナリティ」は、それ自身尊重するべきものではあります。しかし培ったパーソナリティ、自己の哲学は他人に強制的に同調を求めるものではないのです。それが理解できないと「俺にできたことが、なぜお前にはできないのだ」「昔の現場は、今のような甘いものではなかった」という論理を押し通そうとする行動につながりかねません。そうなった場合、そこにミュニケーションは生まれず、人間関係性の破綻が生じます。力は強いほうから弱いほうに流れますから、組織内においては、従業員であったり部下の立場の「こころの健康」にマイナスに作用しかねないのです。