メンタルヘルス対策のポイント


合理的行動と、見えない集団圧力

とはいえ、現実には、なかなかこうした「はみ出し者」の意見は反映されにくいものです。設定された「目的」に向かって全員が「合理的」に仕事をするとは限らない。むしろそういう異端児は少ないのです。なぜでしょうか。どのような組織であれ、そこには「隠れた力」「集団的な圧力」が働いていることがあるのです。

その「集団的な隠れた力」は、一致団結して目指すべき「目的」に向かって進む集団としての「意思の強さ」や、コミュニケーション(意思の疎通)に強い影響を及ぼします。組織の指示系統に影響を及ぼすのは、top-downやbottom-upだけではないのです。構成員の地位、学歴、年齢層、出身地、性別、民族、文化、考え、性格、感情などが影響しています。それがその組織のカラーになります。企業内の派閥などはその典型ではないでしょうか。

会議も必ずしも「合理的」に進められるとは限りません。会議という集団の場では、「ひょっとしたら異端ととられかねない意見を述べて大丈夫だろうか」という自己検閲や、「なるべく皆と同じようなことを言っておこう。出る杭は打たれるからな」といった、同調圧力に対する防衛本能が働きます。ワンマン経営企業の取締役会では、社長の意見に異を唱えれば次の役員改選で外されるかもしれません。営業部会で、部長の意見に反対すれば、本社から飛ばされるという恐怖心はサラリーマンの多くが心の底に持っている防衛本能からきており、それはある意味当然なのです。しかし、それでは個人の「こころの健康」がむしばまれるだけでなく、企業の健康も損なわれてしまう懸念があります。

イギリスには「全会一致の幻想」ということばがあります。集団で何らかの意思決定を行う場合に、「自分が属する組織やグループの結束を乱したくない」という自己検閲の心理作用によって、疑問を呈したり反対意見を述べることを躊躇してしまう。客観的な見方や批判的な意見が妨げられてしまい、「異論がないということは、賛成を意味するのだ」という誤った認識によって、本当は個人としては異論や修正案があるにもかかわらず、全会一致の状況が作られてしまうという兆候を指しています。また、「斉一性の原理」といって、少数意見がつぶされていく現象もあります。ここでは、少数派は軽んじられ、異端とされてしまいます。多数決が当然と思っている方もいるかもしれませんが、古代ユダヤの議会では「全会一致は否決」とされました。一つも異論がないと十分な議論が行われないため、皆で間違ってしまうことを恐れたのです。

こうした傾向は、企業や団体においても結構みられることではないでしょうか。これは組織を健全に動かすにはマイナスの要因です。ではどうすれば、こうした集団的思考停止ともいうべき陥穽に落ち込まずに済むのでしょうか。

  1. 総論に対する異論や、批判的な意見を阻害しないルール作り
  2. 上部に属する側が結論ありきで議論を始めない
  3. 会議運営のルールとして必ず反対意見を言う役割を担う出席者を決めておく
  4. 「全員賛成」「全員反対」という結論は無効という原則を厳守する

こうしたことが有効ですが、それ以前に、組織内のコンセンサスを得られるような組織づくり、人事政策が必要になります。こうした社内組織の健全な構築を怠ると、うつ病などで人材を失っていく恐れがあるのです。

このように集団的な議論によって結論を出す際は注意深くなければなりません。組織が「物言えば唇寒し」のような雰囲気や、かつての大本営発表のような様相を呈している環境では、個人の自由な発想や理念が無視され、潰されていきます。そうなると、どんどん個人の意欲は削がれ、場合によっては個人の「こころの健康」を損なう原因となり、ひいては組織の生産性の低下や人材喪失につながりかねない。この危機意識を持つことが大切です。