メンタルヘルス対策のポイント
異論を言う勇気 異論を認める寛容さが組織を救う
現代の企業や団体においても、同じようなシチュエーションが想定できます。たとえば自動車メーカーで「日本一燃費がよい自動車を作ろう」という「目的」に向かう時に、技術者全員が「組織が考える合理的なやり方」で車両開発をするとは限りません。開発グループの総意が電気エネルギーを前提にした電気自動車の開発を「合理的な選択」と考えている時に、ガソリンと電気を併用するハイブリッド型エンジンを提案するのは勇気がいります。「和を乱すな」「何を余計なことを考えているんだ」等々。たしかに世界的な環境問題、エネルギー問題、ガソリンに支配される経済構造からの脱却を考える時、低公害でガソリンに依存せず、環境に優しい電気自動車は理想かもしれません。
しかしそれが性能的にも価格的にも十分普及するまでどれくらいかかるのかということを考えると、コスト面にしても、長距離が走れてエネルギー補給がしやすいという面から考えても、使い勝手が良いという点を考えれば、「つなぎの一手」としてのハイブリッドカーの先行開発は正しい戦略かもしれません。
あるいは新聞社で「これ以上紙の新聞の購読者を減らしたくない」という「目的」を掲げて、全員が「だれもが手にとって読みたくなるような紙面を作りたい」という戦略を練っているときに、紙はあきらめて、インターネットを中核とした新しい報道商品を提案しようとしたら、「インターネットは紙の新聞の敵だ」と総スカンを食うかもしれません。
紙の新聞は「習慣商品」といわれ、毎朝新聞が届いていないと気分が落ち着かないから購読を続けるという説は昔からあり、楽観視する新聞社経営者が多かった。ところがいわゆる貧困老人層が増え新聞購読を辞める流れが加速。しかも近年の60歳代は現役時代からネットを使ってビジネスをしていた世代となり、紙の新聞よりネットニュースが慣れているという「ニュー老人」ばかりになるという誤算も。紙の新聞は減る一方です。「紙の新聞がすべてである」という100年前の意識にしばられている体質の新聞社の経営陣は、なんとか紙の新聞の生き残り策を模索している最中にデジタル情報商品を提唱する社員などは「合理的」な仕事をしているとは思えないでしょう。しかし、組織とっては合理的ではない、一致団結からはみ出すような意見や仕事こそが、組織を助けることもあるのです。