メンタルヘルス対策のポイント
一つの論理で突っ走る危険性
グループ(組織・集団)について考えてみましょう。組織や集団は人の集まりです。企業も同じで、「ある目的」のために意図や意識を持って組織化された集団です。「利益を上げる」「日本一高性能の製品を作る」など、「目的」はいろいろあるでしょう。ただ、「目的」は一つでも、そこに至る方法は一つとは限りません。むしろ多様な選択肢があると考えるのが妥当です。例えば富士山頂を目指すルートは一つではありません。富士スバルライン五合目を登山口とする吉田ルート、須走口五合目を登山口とする須走ルート、御殿場口新五合目を登山口とする御殿場ルート、富士宮口五合目を登山口とする富士宮ルートの四つがあります。どの登山口・ルートを選択しても目的地は同じなのですが、ルート決定に際して、絶対的なリーダー、あるいは登山グループの大勢が「これ以外のルートはだめだ」と主張している場合、よりベターだと思うルートを提案しようとしても、なかなか言いづらい状況になることがあるかもしれません。本来は、多様な意見を出し合い、耳を傾け、最終的に全員が納得したうえで最適ルートを選択するべきだとわかっていても、異論を言いづらい。もしグループに世界的に著名な登山家がいたら、その人と対立するような意見を述べるのは非常識だと言われかねない空気が生まれるかもしれません。このような状況は危険です。
ところで、南極観測といえば、多くの日本人は第一次越冬隊が撤収する際に南極に置き去りにされた15頭の樺太犬のうち、タロとジロが生き抜いて奇跡の再会をしたことを思い浮かべるでしょう。南極点到達をめぐってはその昔、世界の先進国が激しい先陣争いをしました。目的はただ一つ。「どこよりも早く、南極点に自国の旗を打ち立てる事」でした。その中で、最終的に先着争いをしたのは、ロアール・アムンセン率いるノルウェー隊と、海軍大佐ロバート・スコット率いるイギリス隊でした。勝敗を分けたのは、南極点に至るルートをどういうやり方で決定したのかということと、南極点を目指す移動手段をよく吟味したかどうかの違いでした。
つまり事前の準備の差だったのです。当初劣勢とみられていたアムンセンは、遭難したらどうするかではなく、極力遭難しないように徹底検証してルートを決定。移動手段として寒さに強く軽量の犬を用いました。一方スコットはルートの選定にあたりそうした視点が欠落していました。しかもノルウェー隊が犬ゾリを使うようにアドバイスしたのに、これを拒否して馬を使いました。この結果、アムンセンは順調にルートを踏破。南極の寒さや雪にも耐える犬を使ったそりのスピードでスコット隊を圧倒し、一番乗りを果たしました。スコットは難ルートで散々な目に遭い、頼りとする馬は次々に死亡。最後は人間がそりを引くという無謀な手段を選んでしまったため、ついに全員死亡するという悲劇を生んでしまいました。
アムンセンの勝因は、最悪の事態を想定し、そういう事態にならないようにするには、どのようなルートを選び、運搬に使う動物は何を選ぶべきかと言う周到な準備、防衛策を取っていたことに尽きます。いつの時代も「起きてしまってからでは、遅い」のです。そうならないように「防衛策」を講じることが重要なのです。一つの目的に向かう時に、一つの方法しかありえないということは、まずありません。多様な角度から検証し、最悪の事態を想定し、最も成功率が高く、それに従事する人々のやりがいといった幸福度を上げるシステムが大切です。