コラムこころの点描


関心としての「愛」

「可愛さ余って憎さ百倍」などと裏切られたと思ったときによく使われます。とても辛い状態です。憎さは百倍あっても「可愛さ」は依然として残っているからです。

つまり、ここで言い表されているのは「愛憎」なわけです。そして、愛と憎には共通点があります。それは「関心」(=相手に心を向けること)です。

無関心になれたらどれほど楽になるでしょうか。愛することの反対は憎むことではなく、無関心になることなのです。


2018.12.10掲載 / 連載