メンタルヘルス対策のポイント


原因はさまざま 複雑化する現場

また、よくある先入観として、「こころの悩み」は本人自身の心理的要因に起因すると思いがちなところがあります。確かにその要因はあるのですが、それだけではありません。

たとえば高齢になった親の介護で疲れてしまうことも原因になりえます。内閣府の2016年版高齢社会白書によると、日本の総人口は減少しているのに65歳以上の高齢者は年々増加しています。当然ながら、要支援・要介護認定を受ける人の数も増加しており、厚生労働省が発表した2014年度の介護保険事業状況報告によると、2000年には256万人だった認定人数が2014年には606万人と急増しています。これに対応するべき介護施設は絶対的不足が続いています。特に人材不足が深刻です。そうなると要介護者に認定されても入所できず、家庭での介護サービスもなかなか受けられない人が増加するわけです。この現象を介護難民と呼んでいます。

そうなると、専門的知識も技能もない家族が介護することになります。その負担は肉体的、精神的に極めて大きく、介護する側にさまざまな問題が生じます。いわゆる「介護うつ」という症状に悩まされる家族が増えていくのです。親の介護ですから「自分がやらなければならない」「だれも助けてはくれない」「どうして自分だけがこんなにつらい目に遭うのか」と、思考がだんだん悲観的になっていきがちです。心の病に至る道を進み始めているケースです。

子供の問題も大きく影響します。いじめ被害、不登校、志望校に進めなかったための自暴自棄。放置しておくと、引きこもりになったり、家出をしたり、最悪の場合は自殺したりといった大変な事態すら懸念されます。学校は何もしてくれず、教育委員会は責任回避ばかりしているという思考に陥ると、孤立無援の精神状態に追い込まれてしまうこともあります。本来、子供たちの健全な成長には、「保護的な、かつ安心して依存できる環境」が必要です。こどもの「こころの成長」には、自己肯定感や自己達成感が必要だからです。我が子が「自分はだめな人間だ」と自ら烙印を押してしまうような状況では、子供だけでなく親まで精神的に追い込まれてしまいかねません。

経済的問題もあります。不景気で賃金がカットされた。会社が倒産した。親の介護に大金が必要。家のローンに子供の進学費用。いつの時代も経済的に困難な状況になれば、当事者にさまざまな心理的葛藤や焦燥感が生まれます。頭の中が常にお金の算段で占められてしまい、心理的にも行き詰ってしまうと、いつの間にか心の病が忍び寄っていることがあるのです。

身体的な障害も心の病を引き起こす要因になりえます。突然白血病と宣告された。交通事故で半身不随になった。原因不明のめまいで24時間目が回り、吐き気がつらい。こうした肉体的苦痛は、こころの状態にもろに影響します。だれでも、痛い、苦しい、動けない、つらいといった肉体的苦痛を感じている時に、平穏な心ではいられません。「どうして自分だけがこんな病気になってしまったのか」「安全運転していたのに、動けない体になるなんて」「つらいめまいが一生続くのなら、この先どうしたらいいのだろう」。オリンピック候補の女子水泳選手のように気丈にふるまうことは、なかなかできることではありません。

表面上は前向きの気持ちを示していても、内面では人に語れない苦しい葛藤と戦っていることもあります。心と身体は互いに影響を与えあっているのです。禅や道教などの瞑想においては、心の働きと身体の働きが一体になった境地を追求しています。これを「心身一如」といいますが、医学、特に東洋医学の思想には「心身一如」も大きくかかわっています。

介護、子供の問題、経済的問題、身体的障害は、単体でも心の病につながることがありますが、これらが複合的に絡み合ってしまうと、より複雑な影響を与える場合もあります。